2007年09月03日
さいたま市
さいたま市といったらまだ新しい巨大都市といった感じがしますよね。今日はこの新しいさいたま市について解説したいと思います。
さいたま市(さいたまし)は、埼玉県の南東部に位置する市で、同県の県庁所在地である。政令指定都市。
2001年5月の浦和、大宮、与野の3市の合併により成立した。政令指定都市及び業務核都市に指定されている。2005年4月には岩槻市を編入し、岩槻区が誕生した。
日本で10番目に多くの人口を抱える都市であり(東京特別区を1都市として数えた場合)、新幹線をはじめ周辺各地の広域鉄道路線が集結する交通の要衝でもある。
では次にさいたま市の歴史について説明します。
1980年(昭和55年)10月 - 県南中央地域の都市間相互のゆるやかな連合を掲げ、浦和市、大宮市、上尾市、与野市、伊奈町の4市1町および埼玉県による「埼玉中枢都市首長会議」が発足。
1982年(昭和57年)4月 - 従前の首長会議の名称を「埼玉中枢都市圏首長会議」に変更。
1982年(昭和57年)9月 - 「埼玉中枢都市圏構想・基本構想」策定。
1985年(昭和60年)12月 - 「埼玉中枢都市圏構想」の名称を「さいたまYOU And Iプラン」(構成4市1町の英表記頭文字を組み合わせた名称)に変更。
1990年(平成2年)7月 - 「政令指定都市化」を公約にして、新藤享弘が大宮市長に就任。だが、単独での実現は現実的には無理で、合併による政令指定都市化を目指すものだった。これには与野市長の井原勇も同調した。
1991年(平成3年)4月 - 「政令指定都市化」を公約にして、相川宗一 が浦和市長に就任。これに難色だった現職の中川健吉を破っての就任であった。
1992年(平成4年)4月 - 国土庁が4市1町の圏域を「埼玉中枢都市圏域業務核都市基本構想」として承認。
1993年(平成5年)6月 - 旧国鉄操車場跡地に、国の10省庁17機関の移転決定。
1993年(平成5年)12月 - 4市1町の強固な連合を目標とした「彩の国YOU And Iプラン」を策定。以後、合併政令指定都市化の動きが活発化する。
1995年(平成7年)7月19日 - 上尾市が、浦和市・大宮市・与野市からの合併協議会設置請求に対し拒否回答。
1997年(平成9年)12月18日 - 浦和市・大宮市・与野市による任意協議会設置。
2000年(平成12年)4月29日 - 3市による法定協議会設置。
2000年(平成12年)9月5日 - 合併協定調印式
2000年(平成12年)9月25日 - 合併関連議案を、3市の市議会が可決。
2000年(平成12年)12月22日 - 合併関連議案を、埼玉県議会が可決。
2001年(平成13年)1月25日 - 官報告示
2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市、大宮市、与野市が合併し、さいたま市発足。
規模の大きい「双子都市」を含む合併として注目を集めた。同様の「双子都市」合併例としては、他に2003年の静岡市と清水市の合併がある。
2001年(平成13年)7月29日 - 上尾市が、「さいたま市との合併の是非を問う住民投票」を実施し、その結果は「反対(58.3%)」・「賛成(41.7%)」となった。
2001年(平成13年)8月6日 - 伊奈町が、「合併協議を断念する」と返答する。
2001年(平成13年)8月8日 - 上尾市が、「合併協議を辞退する」と正式に返答する。
2002年(平成14年)3月19日 - さいたま市議会が、「政令指定都市の実現に関する意見書」を可決。
2002年(平成14年)3月20日 - さいたま市が、埼玉県知事・埼玉県議会に政令指定都市移行促進について要望。
2002年(平成14年)6月28日 - 埼玉県議会が、「政令指定都市の指定促進に関する意見書」を可決。
2002年(平成14年)8月9日 - さいたま市が、総務大臣に政令の改正(政令指定都市移行)を要望。
2002年(平成14年)10月25日 - 閣議決定
2002年(平成14年)10月30日 - 政令公布
2002年(平成14年)11月20日 - さいたま市議会が、「政令指定都市関連議案(区の設置並びに区の事務所の位置,名称及び所管区域を定める条例案)」を可決。
2003年(平成15年)1月26日 - 岩槻市が、「岩槻市の合併に関する住民投票」を実施し、その結果は「さいたま市との合併(52.6%)」・「合併しない(38.8%)」・「春日部市,宮代町,杉戸町,庄和町との合併(8.5%)」となった。
2003年(平成15年)2月5日 - これを受けて、岩槻市はさいたま市に対して合併協議を申入れる。
2003年(平成15年)2月24日 - さいたま市は、「岩槻市との合併について検討に入る」と返答する。これを受け、岩槻市議会が「さいたま市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
2003年(平成15年)3月12日 - さいたま市議会が「岩槻市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
2003年(平成15年)4月1日 - 政令指定都市に指定、9つの行政区が発足。
2003年(平成15年)4月21日 - 2市で連絡会「さいたま市・岩槻市合併問題連絡会議」設置。
2003年(平成15年)7月15日 - 2市による任意協議会「さいたま市・岩槻市任意合併協議会」設置。
2004年(平成16年)6月25日 - 2市による法定協議会設置。
2004年(平成16年)8月24日 - 合併協定調印式
2004年(平成16年)9月29日 - 合併関連議案を、岩槻市議会が可決。
2004年(平成16年)10月13日 - 合併関連議案を、さいたま市議会が可決。
2004年(平成16年)12月20日 - 合併関連議案を、埼玉県議会が可決。
2005年(平成17年)1月26日 - 官報告示
2005年(平成17年)3月25日 - さいたま新都心へのさいたまタワーの誘致に失敗。
2005年(平成17年)4月1日 - 岩槻市を編入合併し、旧岩槻市の市域を区域とする岩槻区が発足。
では名称問題についてのエピソードも少しふれたいと思います。
浦和市、大宮市、与野市の三市が合併する時に、新しい県庁所在地に相応しい名称ということで公募を行った上で、県名をひらがなにした『さいたま市』に決定した。全国で唯一、ひらがな名称の県庁所在地である。さいたま市の「さ」の字体は、2画目と3画目が連続した字体を正式としており、フォントによっては作字もした上で市報などの活字を全て統一しているが、市民などが住所を表記する際にはどちらでも構わないとしている。
市名公募の結果では、『さいたま市』という名称は2位であり、1位は漢字の『埼玉市』であった。また合併を構成する各市の名称を用いる案は『大宮市』が3位、『浦和市』が6位、『与野市』は100位以内に入らなかった。公募後、新市名検討委員会は『埼玉市』(公募1位)・『さいたま市』(2位)・『彩都市』(5位)・『さきたま市』(7位)・『関東市』(37位)の5案を市名候補とした。しかしその後の議論では『さいたま市』を推す浦和市・与野市に対し、大宮市がこの5案になかった『大宮市』(公募3位)を主張した。最終的に大宮市は新市の事務所(市役所)の位置について、「さいたま新都心周辺地域が望ましいとの意見を踏まえ、将来の新市の事務所の位置についての検討や庁舎建設基金を創設を行う」旨を合併協議書に盛り込ませることで、この主張を取り下げた。
『埼玉』の地名は、本来は埼玉郡埼玉村(現在の行田市大字埼玉〈さきたま〉)に由来している。この事から、『埼玉』の由来とは無縁で、北足立郡に属する本地域にできた市が『埼玉』『さいたま』を称する事には、「僭称地名だ」とする否定的な意見がある。また、行田市から、行田市周辺が将来合併する時に用いる可能性があるからという理由で新しい名称に『埼玉』『さいたま』を使わないで欲しいという要望も出たが、これはすでに浦和市・大宮市・与野市合併協議委員会の新市名発表の後であり、考慮されなかった(なお、さいたま市発足後に合併した旧岩槻市は南埼玉郡に属する)。
単に市名をひらがなにする事に対しては、同時期に合併が行われた『東かがわ市』『さぬき市』(いずれも香川県)などと共に批判も多い。だが、この『さいたま市』『東かがわ市』以後、全国各地でひらがな名称の市町村や企業が続々と誕生している。なお、中国語などでの表記は『埼玉市』である。
このほか、区名についても批判がある。
まぁともかくまだ出来てまもないさいたま市が今後どのように発展していくのか楽しみですね。
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- at 08:43